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野良猫にゃ〜、逝く 2002/08/26
野良猫にゃ〜、逝く

昨日の夜、野良猫のにゃ〜が死にました。
ウチで餌をやり始めて……かれこれ19年になりますか。
上の娘が1歳の頃にウチの物置に住み着いて、子を産んだりしてましたから、たぶん20歳くらいだと思います。ずいぶんと長い付き合いでした。
引っ越してすぐの頃ですが、床下から猫の鳴き声がするので覗いて見たんですよ。そしたら黒と茶色のブチのこ汚い親猫と、白いのと茶色い子猫が2匹、私のバイクの奥に丸めてあったシートの陰で身を寄せ合っていたんですね。
親猫は最初警戒して、近づいただけで子猫を庇うようにウーと唸っていたものです。

野良猫というと、子供の頃に悲しい思い出があります。
富士見の山奥で貧乏暮らしをしていたときに、近くに住み着いている野良猫が居たんですね。縞模様の猫だから「トラ」と呼んでいました。
周りに民家は一軒も無く、餌をやっていたのはもちろんウチだけでした。
私が小学2年になるとき、ボロ小屋を引き払って諏訪に帰ってきたのですが、そのとき私は当然ながらトラもつれて帰るものだとばかり思っていました。でも、野良猫を連れて帰れるはずも無く、置き去りにしました。
引き払う前日、トラに餌をやりながら母親が「これが最後の餌だよ」というのを聞いて泣けたものです。トラはこれから一人で生きていけるのだろうか、と、子供心に居ても立っても居られないくらいでした。

トラの一件がトラウマにでもなっていたのか、ウチの軒先で子を産んだにゃ〜を見たとき、何ともいえない衝動に駆られたんですね。餌をやらなければいけないという強迫観念に捕われた、と言ったら大袈裟なのかどうか?
カミさんは動物があまり好きではないようで、実にクールなものでした。
「居付いたら困るから追い払ってよ」というのです。
野良猫に餌をやる事については賛否両論有るでしょう。いや、餌をやるべきではないと言う人が多いのかな? それが正論で、やるべきではないのかも知れませんね。
理屈ではそうなんでしょうけど、結局私は強引に餌をやり始めました。魚の頭とか、残り物の残飯などです。
「住み着かれても知らないからね」というカミさんを尻目に毎日餌をやるうちに、その野良猫は気を許したのか、私が餌を持っていくと物置から出て擦り寄ってくるようになったものです。
いつも子猫が物置から出ないように見張っていたようなんですが、好奇心旺盛な彼ら(子猫はどちらもオスでした)が私に擦り寄っても咎める様子もなくなったので、子猫を触り放題の楽しい日々でしたね〜。

やがて2匹の子猫も独り立ちして、野良が3匹と言う賑やかな時がやってきました。
いつまでも「ノラ」と呼ぶわけにもいかないので名前を付ける事にしたのですが、親猫は面白い事に、私がニャーと呼びかけると律儀にニャーと答えてくれるので「にゃ〜」と命名。子猫の白い方は「シロ」茶色い方は「チャイロ」にしました。
一番人懐こいのはシロで、用も無いのに異様に擦り寄ってくるのです。警戒心がまったく無くて、誰にでも擦り寄るから心配なくらいでした。
チャイロはどことなく歳より臭い猫で、おっとりしていると言うか覇気が無いというか、子猫っぽいところの無い猫でした。

いま思い出すとちょっとぞっとするんですが、私が帰宅すると、ほとんど毎日、どこからとも無くぞろぞろと現れてはおで迎えしてくれたものです。私というより、ミルクが目当てだったんだろうとは思いますが、ね。

大して可愛い猫でもないのににゃ〜は結構もてるのか、毎年毎年毛並みの違う子猫を生んでは困らせてくれたものです。
ウチと同じく、にゃ〜を可愛がっていた裏の奥さんが(裏の奥さんはクロと呼んでました)避妊の手術をするまでこの悩みは続いたものです。
3匹だけでも賑やかいのに、さらにもう一匹増える事になりました。ある日にゃ〜がどこかから牝猫を1匹連れてきたのです。シャムの血が入っているらしく、ベージュの身体に顔と尻尾と足だけこげ茶色の可愛らしい猫でした。どことなく愛嬌があるのでタヌキと命名。
にゃ〜が連れてきたのか、勝手についてきたのか、その辺の事情は分かりませんが、タヌキはいつもにゃ〜にくっ付いて歩いてましたね。
可愛い可愛いと言っているうちはいいのですが、その後に悲惨な状況が待っていました。やがてタヌキも大人になり、子供を産み始めるわけです。
にゃ〜の産んだ子供と、タヌキが産んだ子供……。恐ろしい事でした。
生まれた子供は、裏のお宅とか、どう見ても父親と思われるはす向かいのオタクのオジさんが貰い手を見つけたりしていたのですが、そんな事では追い着かず、6匹にも増えたものです。
にゃ〜と、シロとチャイロとタヌキ、これに縞々のチビとコチビの6匹です。これらが我が物顔で近所を荒らしまわるのです。ドアの開いているオタクに忍び込むし、車のボンネットに上って傷をつけるし、その辺で糞をするしで、大変でした。

寄り合いのたびにボロクソに言われたものです。
「餌をやる人がいるから増えるんだよね」
「そうそう、まったく困ったもんだよ」
「野良猫なんて端から捕まえてぶち殺してやればいいんだ……」
これらの会話を、肩身の狭い思いで聞いていたのは、ウチと裏の奥さんでした。
裏の奥さんは私と同じく、にゃ〜に餌をやっていました。
「哀れで見ていられなくてね〜」と言うのですが、近所の陰口には結構参っていたようです。
何かの機会に「クロはもう大丈夫、子供を産まないように手術をしたから」と言うのです。裏の奥さんは、にゃ〜だけに餌をやっていたので責任を感じていたのでしょう。
これは、今度は私にとって大変なプレッシャーになりました。
にゃ〜以外の5匹は私の責任と言う事になるわけです。
近所からは白い目で見られ、ウチではカミさんに「お父さんが餌をやるから野良が住み着いちゃったんじゃない。いったいどうする積りなの?」と責められ続けたものです。
それはまあ、確かに、私が餌をやったのがいけなかったのかもしれません。
では、どうすればいいんだ?
仕方ないので、タヌキにはウチで避妊手術をする事にしました。だまし討ちみたいで可愛そうだったのですが、魚をとる網で捕獲して、籠に入れて動物病院へ連れて行き、手術成功。1週間の安静と言われて、籠に入れたまま玄関で飼ったのもいい思い出です。

タヌキが子を産まなくなって、私の重荷も一つ減ったのですが、その頃から猫も次々に減って行きました。ある日シロが居なくなったのです。初めての経験だったからオロオロして、娘たちとそこらじゅうを探し回ったものです。
結局シロは出てこなくて、どこかで死んだかな……とやりきれない気持ちでした。さらに、チビ、コチビといなくなり、3匹に落ち着いて数年が過ぎました。

そして、一番悲しかったのは、チャイロの死でしたね。
チャイロはとても弱い雄猫でして、どこかから通ってくるイジメ猫にいつもやられていたものです。追いかけられて怪我をして、足を引きずるように歩いていたので、走るのも遅くてますます苛められていました。
それがかえってほっとけないと言うか、私と娘達はいつも可愛がっていたものです。
ところがいつだったか元気が無くなって、よたよた歩いてると思ったら、ある寒い朝私の部屋の前で死んでいました。呆気ない別れで切なかったです。

そして数年後、タヌキも姿を消しました。死んだわけではなく、いなくなったのですが車にでも轢かれたのでしょうか?
私は内心ほっとしたのですが、娘たちは淋しがって、しばらくの間探し回っていたようです。

こうして、最後に残ったのがにゃ〜でした。
元祖だけあってしぶといものですね。
20歳というと人間で言えばかなりの老婆なんだそうです。
ここ数年は歯が悪いのか、魚とか骨付きの鶏肉をやっても食わなくなってました。
ウチでやる餌も、もっぱらミルクだけになってしまったのですが、元気は元気だったのでずっと生きてるのかと思ったんだけど、死ぬときは死ぬんだよね〜。

ここ数週間姿が見えないし、お出迎えも無かったのでどうしたのか心配してたんですが、二日前の朝に物置に積んである藁の上でリラックスしてたので、よう久しぶりだな〜、元気だったか、などと言葉を交わしたものです。
声を掛けると、にゃ〜は律儀にも必ず返事をしてくれるのですよ。
それが昨日の夜、残業から帰ったらカミさんが言うのです、にゃ〜が畑でぐったりして動かない、と。
で、慌てて行ってみたら、カボチャの葉っぱの間で蹲っていました。
声を掛けるとニャ〜と答えたのですが、身体が冷え切って今にも死にそうな様子でした。
全身を撫でてやったのですが、怪我をしている様子はない。それにしても痩せたな〜。背中なんてガリガリで、この前遊んでやったときの感触ではないぞ。
これは、ひょっとしたら寿命なのかな?
本人がこのまま畑で死にたいならそれでもいいか、と思ったのですが、いくら何でも寒そうなので、とりあえずダンボール箱に新聞紙をしいてウチの軒先に連れて来ました。
たぶん老衰なんだろうと思ったんだけど、一応カミさんに言って裏の奥さんに電話させたところ、ここ2週間ほど調子が悪くて、水も飲めないような状態だったんだそうです。
二日前にウチの物置の藁の上でぐったりしてたから、奥さんが連れて行って様子を見てたらしいんだけど、昨日の夕方、よろよろとウチの裏の方に歩いていったので山にでも入る(死に場所を求めて)積りかと思って黙って見送ったんだそうです、が、山には入らずにウチの畑かよ……。
週末ごとに畑で遊んでやったから、死に場所にしようと思ったのかもしれませんね。

で、たぶんこのまま死ぬだろうから、このままウチで預かりますがいいですよね、と確認したところ、裏の奥さんは、申し訳ないですがそうしてくれますか、ということで、そのままウチの軒先で逝かせることにしたのです。
それからしばらくの間、ぐったりとして動かないにゃ〜の身体を撫でていたのですが、最初は途切れ途切れに返事してくれていたんだけど、やがて返事も無くなり、ほとんど動かなくなりました。
あとは〜、息をしてるのかどうかも分からなくなってそれきりでした。

朝、いつもより早く起きて、裏の松林に穴を掘り、硬直してすっかり冷たくなったにゃ〜を埋めてやりました。
林に穴を掘るって結構大変なんですよね。松の根っこが有ったり、石が有ったりしますから。苦労して50センチほど掘り下げ、その中に寝かせて、じゃあな、と声を掛けながら土を掛けました。
19年間楽しかったぜ。あばよ、と。
埋め終わり、手を洗っていたら裏の奥さんが様子を見にきたのですが、もう埋めた後なのでした。
奥さんは、もし火葬にでもするようなら相談に乗りますと言ってくれたんだけど、野良猫はやっぱ裏山に土葬が基本でしょう。
もう埋めてしまいました、というと、奥さんは、野良猫のために迷惑掛けて済みませんね〜といって帰って行きました。
ウチ同様に、奥さんはにゃ〜をとても可愛がっていたので、本当なら火葬にでもしたかったのかも知れませんね。
ウチは家の中には一切入れなかったのですが、奥さんは昼間は家に上げていたそうですから半分飼っていたようなものでしょう。

今となっては貴重な、にゃ〜の画像はここに有ります。
こちら
 
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